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本来、自分が持っている力


カウンセリングでやっていくことは
皆さんが本来自分の中にちゃんと持っている力を
自分の手に取り戻していく作業です。

実は、「本来自分の中に持っている」のだから、
「取り戻す」という表現はちょっと矛盾しています。

でも、みなさんが「自分には無い」と思い込んでいるところから始めるので
イメージとしては、当たらずと言えども遠からず。

自分的には「ない」ので、もちろん使えない(行使できない)。
そのため、とても無力で寄る辺ない不安に
ずっと苛まれ続けなければならない。

何とかもっと力を得なければ、強くならなければ、と
弱々しい自分を、いつも叱咤し続けなければならないし、
自分の身近やマスコミ、雑誌などで
凛として強そうで如何にも自信に満ちている人を見れば
自分にはないその輝きが眩しくてクラクラしてしまう。

そのように見える人と言うのはあちこちにいるものだから
その度にあっちでクラクラ、こっちでクラクラ、
だけど、結局、何を中心に置けばいいのか分からずヨロヨロ。
そして、われとわが身を省みてゲンナリ。

弱い自分だから、常にまわりに気を使っている必要がある。
ちょっとしたミスが原因で沈まないように努力していなければ
荒波に翻弄されて海の藻屑となってしまいそう。

何かしがみつけそうなものがあれば
木端であれ、どこかから漂流してきたペットボトルであれ
何もないよりはマシだからと、とりあえずつかまえておく。
だけど、実際、実は何を頼りにしたらいいのかわからない。
ガラクタが溜まっていくばかりで相変わらず不安で一杯。
(ここで「ガラクタ」というのはあくまで本人にとってということです)

そのガラクタは、人によっては、資格や学歴かもしれないし、
周囲も羨むようなエリートだけど面がイマイチの彼氏かもしれないし、
横文字今風のクリエイティブな肩書かもしれない。

ブランド品のバッグや洋服、貯金、
職場での評価、アドレスにびっしり並んだ友だちの名前、
他人には紹介できないけどとりあえずいると安心できる彼女、
2,3年ごとに変わってその度にハマる趣味とその道具かもしれない。

とにかく、これさえあれば今度こそ、と思って手に入れても、
結局自分が手に入れた後には、
どういうわけかガラクタに「なって」しまって、
それだけではとても不安、やっぱり全然足りない気がする。
そしてまた寄る辺なさに襲われて次の「確かなもの」が欲しくなる。

・・・この思い込みはかなり強力で
ちょっとやそっとのことでは修正されない。
あくまで自分には力がない、強い力を必要としている。

ですから、おそらく、カウンセリングを受け始める当初、
カウンセラーは、良くて「力(パワー)を授けてくれる神様みたいな人」
悪ければ「力のない自分を責めたり、糺したりする閻魔様みたいな人」
と、どちらにしても「コワい人」に見えることが多いかもしれません。

または反対に、カウンセラーに対して最初から斜に構えて、
「カウンセラーったってただの人間だろ?そんな力も権利もある訳ないだろっ?!」
(実際、「ある訳ない」のですが。)
かなり疑心暗鬼、眉に唾をつけて、警戒心、不信感一杯で、
とりあえず様子だけ見てみようと冷やかしに来ることもあるでしょうし、
むしろ、それは正常な感覚とも言えそうです。

また「ただビジネスライクに、ハウツーだけを教えてくれる人」を期待していて、
「それ以上は期待しない」(と言うよりもそれ以上はご免こうむる。
心の中にまで入ってこないで欲しい)ということもあると思います。

カウンセリングの始まりには、
上記のどれもが「あり」なのです。
そこから始めます。
そして、そんな初めて会う人間(カウンセラー)に
お金を払って自分のことをひたすら話す。
考えてみればずいぶん変な作業です。
それだけでもかなり妙な気分になります。
そのうちに、変化が起こり始めます。

いずれにしても、カウンセリングの過程は、
(もしそのあとカウンセリングが続いていけばですが)
そうやって最初、カウンセラーが持っているように見えたものや
最初からそんなものある訳ないだろ?と思っていたものが
最終的に、実は確かに自分の手の中にあるのだということに
気づいていく過程なのではないかと私は思っています。

2010.5.18.