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「いい子」だった(である)すべての人(子)へ


明るい子、
ひょうきんな子、
親思いの子、
優しい子、
朗らかな子、
おっとりした子、
責任感のある子、
真面目な子、
勉強のできる子、
思いやりのある子、
我慢強い子、
みんなに好かれる子、


大人たちは、よかれと思ってなのですが、
子どもたちそれぞれに、
こんな「褒め言葉」を当てはめます。
そして、周囲の大人や、子どもや、本人までも
いつの間にか、その子のことを「○○な子」なのだと思い込む。


だけど、たとえばもし、明るい「だけ」の子がいたら、
それはむしろ、ちょっと心の状態としては異常なことです。


「明るい子」も落ち込んで死にたいと思うことだってあるだろうし、
「優しい子」が陰で年下の子を虐めたい気持ちになることだってある。
「おっとりした子」が内心本当は不安と焦りで一杯なのに、
表面だけ如何にも何も気にしていないようにのんびり振る舞って
実は身も心もクタクタになっている…なんて、実は普通によくあることです。
「真面目な子」は、悪い子を軽蔑し憎みながら何故か心奪われる。
「みんなに好かれる子」は、みんなといることが苦しくて
ひとりになった時だけやっと安心して自分でいられる気がする。


でも子どもたちは大抵、そんなこともし親に知られたら、
親がどんなにうろたえたり逆上したりするるかを知っていて、
(「まさかうちの子が」「あの子に限って」という、アレですね)
そのことに怯えてしまう。


本当は、人の心にはいろんな感情があるのが当たり前なのに、
子どもはその当たり前を自分に許してあげることが出来なくなってしまう。


もちろん、自殺や虐めは防がなくてはいけない。
でも、そういう気持が心の中にあるということと、
実際に行動に移してしまうということはまったく違うことです。
心の中にはどんな感情があってもいいし、
むしろ色々な感情が感じられている方が、
人は生き生きとしてくるし、むしろ行動を抑制する力つく。


そんな風に「人にはそんないろんな感情があってもいい」と
子どもたちが感じられるようになるためには、
まずはお父さん、お母さん、そして先生たちが、
「『いい親』『いい先生』を止めてもいい」ことに気づいて、
もう少し楽に生きられるようになること。
…それが
百万言を尽くして子どもたちに言葉で「教える」よりも
ずっと大きな「効果」につながるようです。


もっともこれは、それこそ「言うは易し」で
実際にやってみるとなかなかどうして難しいことなのですが…。


ともあれ、子どもに何らかの心の問題が起きた時に、
子どもでなく親がカウンセリングを受けることが実は役に立つというのは
こんなカラクリがわかると理解していただきやすいかもしれません。


2010.3.17.