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心と身体

ちょっと考えると、とっても不思議なんですが、
でもよく考えると当たり前のこと。
心と身体はつながっているということ。

・・というか、実際には境目なんてないように感じます。
一応、便宜的に、私たちは考えるときにはその二つを分けて考えますが
実は所詮、そうやって分けること自体に無理がありそうです。

例えばご飯を食べる時。
「おいしい」と感じるのは、私たちの中の一体どこの部分なんでしょう?
「ああ、満足、しあわせ。」と感じたり、
「うーん、何かが足りない!」と感じるのは???

それは、お腹の皮が突っ張ったかどうかとは
必ずしも関係がなさそうです。
必要な栄養が摂取できたかどうかとも
普通はあまり関係がない。
サプリをまんべんなく飲んだところで満たされない。

「ヘルシー」な食べ物を摂っていると身が清められたような気がして(?)
「満足」を得た気になる人もいるけれど
それは「頭」と「知識」での満足のような気がしてなんだか変・・・。
どこかに違和感が残る。
ホントかなぁ~と思う。
眉に唾をつけたくなる。

このホントかなぁ~が実はとても大切な気がします。
上手く表現できないけれど、何か据わりの悪さ、
おさまりの悪さを感じる感覚です。

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現代を生きる私たちは、多かれ少なかれ
みんな「摂食障害者」。

食べることにまで、「良い」「悪い」の判断をいちいち差し挟んで
頭と身体と心がバラバラになって喧嘩をしている。

日中はヘルシーな粗食で満足していた筈なのに、
真夜中に抑えきれない衝動に駆られてコンビニに直行し、
ジャンボ・プリンとビッグ・シューと丸ごとバナナと
ピーナツバターのランチパックとイチゴ牛乳を
(または上記の一部またはそれ以上。好みによっては全く違うものを。)
買い込んで来て一気に食べる。

食べ終わって「ああ、美味しかった~!幸せ♪」と
満足して眠れるならまだわかるけれど、
食べ終わると今度は激しい後悔に駆られて
もう二度とこんなことはするまいと心に誓う。
または、食べた物を胃に入れたままにしておくのには耐えられず、
急いでトイレに行ってもどす。
慣れてくると、最初からそのつもりで段取り考えて食べていたり・・。

吐くところまではやらなくても、
「お腹が減っているわけでもないのに、ちゃんと食べた筈なのに、
夜中に衝動的に“不健康なもの”を食べてそのあと後悔する」
ということをしたことがない人はむしろ少数派ではないでしょうか。

これらはみんな、必ず必要があってやっていること。
「身体に悪い」と思っていながら止められず食べる自分も、
食べた後になって落ち込んで吐いたりする自分も、
たぶん、栄養学では説明のできない、
「心」とか「たましい」とか「命」とかでしか説明のできない、
何かれっきとした訳があるからやっているんだと思います。

だから、無理に取り上げてやめさせようとする前に、
そんな自分に、まずは寄り添ってあげたらどうでしょう。
無茶食いする自分にも、後悔して吐く自分にも・・。
どちらも大切なジブンのキモチ。

異性との不倫関係を持っている時の感情の高まりや自責の念と
無茶食いをしたり吐いたりする時の身体感覚が
まったく同じだと言ったクライエントがいました。

食べ物モンダイはただの食べ物モンダイではない。
恋愛モンダイはただの恋愛モンダイではないようです。

2009.2.9.