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ニコニコ仮面

前回のこのコーナーでは、
幼い頃に主な養育者(普通はお母さんであることが多い)に
上手く自分の感情をキャッチしてもらえなかったために、
自分自身の感情を自分で感じられない、
感じても表出することがうまくできない(罪悪感、恐怖感を伴う)、
自分の感情よりも周囲に対して敏感になってしまう、
などの「生きにくさ」を抱えてしまうことがあるという話を書きました。

そして、そのような場合、
一見、社会生活は普通に送っていて、
何も問題がないように見えていても、
自分でも理由の分からない空虚感や、
閉塞感、絶望感、苛立ち(怒り)が
心の中にくすぶり続けています。

そして、そういう場合には、
自分では理由が分からなくても、
その不快な感覚自体はなんとなく感じている場合もあるし、
あまりにそれが自分にとっては当り前の感覚なので
その感覚が心の奥底にあることに対して違和感さえ感じない、
(正確には「“感じて”はいるのだけれど“意識”はできない」)
というようなことも多い。
(それが物心ついてからずっとだと、“変”だと気付くのは難しい。)

そんな時に、様々な依存症(アディクション)の問題が出てきたり、
周囲との情緒的なやりとりから撤退してひきこもるようなスタイルで
対処しようとしたり、するようになる訳です…と前回はここまで書きました。

それまでほとんどそのような気配もなかったような人の
衝動的で周囲を驚かすような自殺なども、
実はこのような心の背景が関係していることがあります。

実は、ここで一番問題なのは、本人がその不快感に
あまり(または、まったく)気づいていなかったり、
なんとなく気づいていても、
自分でもよく自分の気持ちを理解できていなかったり
することなのです。

そのため、案外、このような人の中には、
非常に「前向き」で「プラス思考」の人や、
周囲から、明るくて快活で人付き合いがよく気さくな人、
仕事熱心で責任感が強く、部下の信望が厚い上司、
人情味があって義理がたく自分はさておき他人の世話をするいい人、
などと、高く評価されているようなタイプの人も含まれているので
実際には、話はややこしく、
ちょっと眼には非常に見えづらい状況になっている場合が多い。

また、最近は少なくなってきたようですが、
自分のことはさておき夫を立てて不満も言わず、
子どもの世話焼きには骨身を惜しまない慈母のような、
良妻賢母型のお母さんも、この中に含まれるような人が結構含まれます。

これらも、漠然とした自分の中の不全感、不安感を、
「よりよい生き方」「よりよい人になること」によって
カバーしていこうという、実際、とても前向きな努力の賜ですし、
間違っても他人から「非難」されるようなことではないのですが、
自分の心の中の本当の気持ちに出会うことを恐れたままでいることは
どこかで、心のひずみを生み、
自分自身や、周囲の家族などとの
親密な心の交流に
何らかのダメージを与えてしてしまうことにも繋がる場合がある。

話を最初に戻すと、
幼い子どものお母さんがそのような状態である場合、
優しい笑顔でニコニコしているのだけれど、
どこか心ここにあらずだったり、
いいお母さんを「する」ことに必死で
子どものネガティブな感情を
受け入れる余裕がなくなってしまっていたり、
といったことが起こるわけです。
これはある意味、人間の心としてはむしろ当然の反応で、
「無理もない」ことなのです。

2009.9.16.