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「育ちたい」力


「育つ」力ではなくて、
「育ちたい」と感じる力というものがあるように思います。

最近流行りの、何でも名詞化するやり方で言えば、
「ソダチタイリョク」というネーミングになるのでしょうか。

そういうものを人はもっているんだなぁ~と
最近、面接をしていて、つくづく感じるのです。
この力は年齢にかかわらず、
案外いくつになってもある。

「育つ」力だと、それは単に
データとしての客観的な能力。

客観的に見て能力があったとしても、
それを本人が望んでいるかどうか、
求めているかどうかはまったく別の問題。

「育ちたい力」は、
そういうことじゃなくて
もっと主観的な能力。

ちょっと大げさに言えば、
生き物であるからこそもっている力というか。
生命にともなう力というか。
たとえば、コンピューターにはなさそうな能力…。

ひとことで言えば、
育つことへの「欲望」を持つ能力ですね。

欲望は、私たちを突き動かすエネルギーです。
食欲でも、性欲でも、権力欲でも、名声欲でも、
みんな私たちを生へと駆り立てるパワーの源は
この「欲望」というものです。
この「欲望」というものが枯渇してしまうと、
私たちは生きていることができない。

そのたくさんの種類の欲望の中には
「育つことへ駆り立てる欲望」
というものがあるのだと
最近とみに感じるのです。

ここで「育つ」というのは主に心のことです。

子どもの頃、私たちの心は、
生育環境や様々な条件の中で、
必ずしも育ちたいように育つことができなかった。

ふつう、誰でも心の中に
多少はそんな、ソダチタイリョクが
子どもの時のまま残っている場所があるものです。

でも、その心の芽は、
そこで枯れてしまうのではなく、
条件が整って、いつか芽吹くチャンスがくるのを
何年も何年もちゃんと待っているらしい。
出てきたくて出てきたくてウズウズしている。
「症状」や「悩み」はそのウズウズのあらわれ。

カウンセリングというものは、
ただ、その芽吹きの条件を整えた空間と時間が
提供される場なのではないかという気がします。
場を整えたら、
あとは芽がそろそろと動き出すのを待つだけ。

待ちきれなくて、
つっついちゃったりしては駄目。
どんな芽が出てくるのかは、
カウンセラーはもちろん、
クライエントご本人も出てくるまではわからない。

そうしてそろそろと
ちょっとおっかなびっくり出てくる新芽は、
年齢にかかわらず
初々しく喜びに満ちている。
それはいつでも心躍る瞬間です。

2009.11.25.