Untitled

ともだち100人?!

確か「一年生になったら」というタイトルだったと思いますが
「ともだち100人できるかな?」という歌詞がある歌がありますね。
100人でおにぎりをパックンパックン食べたいとかなんとか・・。

児童精神科医の内山登紀夫氏は、自閉症に関するセミナーなどで、
言葉を字義通りに受け止めてしまう自閉症の子どもがこの歌を聞くと
「一年生になったらともだちが100人できる」ものだと勘違いして、
それが自分にできないことで悩んでしまう、
というエピソードを紹介しています。

(自閉症と言っても、この場合、主に、
高機能自閉症とかアスペルガー症候群などと
いう言葉で呼ばれているような人たちのことについてです。)

生得的に対人関係の非常に不得手な自閉症の子どもたち(人たち)に
ともだちを作るのが「当たり前」だったり「いいこと」だったり、
という価値観を擦りこんでしまうことは、
結果として彼らの自己評価の低下に結びつくというわけです。
(現に結びついてしまっているケースが多いと私も感じます)

もちろん、別にこの歌に罪があるわけではありませんが
この歌を例として引いて、おそらく、氏が言いたいことは
「友だちが多いことがいいこと」
「友だちができないのは問題。可哀想なこと」というような
単純な価値意識を持った大人たちの「善意」が
(子どものことを心配する親や教職員などの)
逆に、子どもたちを追い詰めてしまうこともあるのだ、
ということなのだと思います。


しかし、これは自閉症に限ったことではないのではないでしょうか。

いったいどういう根拠があってのことか分からないままに
(おそらく学校教育の影響が一番大きいような気がしますが)
私たちはただやみくもに
「おともだちと仲良くすること」を至上命令のようにして育ちます。

人の輪を重んじる、空気を読む、
気配りをする、人の気持ちを察する・・・などなど。
人に気を使うことばかりを教わって育つ。
そして、暗黙のうちに、
何はなくても他人に好かれる人間になることを求められる。

そして気付けば
周囲に嫌われたら「生きていけない」ようなムードが
社会全体を覆っています。

子どもたちは、・・・いや、大人たちでさえ、
「ハブられたらオシマイ」・・・という恐怖を笑顔で隠して
実体のない「空気」に翻弄されているのが実情のような気もします。

ケータイにトモダチのアドレスをできるだけたくさん登録することで
そんな不安をお互いになんとか落ち着けようとしている人もいるようです。


自閉症スペクトラムの人たちは、
本来、ひとりで過ごすことが得意な人たちで
それはとても素晴らしい能力なのだということに
本人が気づくことがとても大切なのだ、
という風にも内山登紀夫氏は述べています。

自閉症ではない私たち(定型発達という呼び方をすることがあります)も
もう少し、一人でいられる能力を豊かに育てていく必要があるのではないでしょうか。

人間関係の基本は、自分自身との関係なのですから・・・。

2009.4.6.