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「うつ」という状態④

さてそれでは、心理面接の場面で考えてみると、
どんなことが考えられるでしょうか。

前述したように、
私たちが「うつ」と一言で片づけてしまっている状態も
実は一人一人話を伺ってくと、
それぞれにまったく違った状態であることがわかります。

また、逆にご本人からは「うつ」であるという訴えがなくても
こちらから見ると明らかな「うつ」であることもあります。

今まで仕事一筋で、周囲からの信頼も得て
仕事や会社での人と人との心の結びつきを何よりも大切にして
何十年も生きてきたサラリーマンが会社の倒産、
リストラ、労働環境の変化などに遭遇して、
自分が今まで一体化していた(自分のアイデンティファイしてきた)
世界を喪う(それは必ずしも失業ということではなくても)ことから
強い「うつ」状態に陥るのはある意味古典的、典型的なケース。

また、母として子育てに専念してきた主婦が
子どもの巣立ちの時期に
それまでの母としてのアイデンティティを喪って
非常に危機的な状況に陥るケース。
(これももはやどちらかというと古典的かもしれません。)

そんな、まわりから見て明らかなうつの場合でも、
「自分はまったく辛くない。やる気が出ないだけ。
ただ、周囲に迷惑がかかっているのがとても気になるんです。」
と、ご自分の気持の落ち込みさえも強く否定されることがある。

しかし、実はかなり深刻なうつ状態(自殺の危惧がある)
ということもけっして稀ではありません。
そういう方の場合、自分が死にたいくらい辛いのだということに
自分の意識としては気づいていないので、
逆に非常に危険な状態であったりする。

上記のような例は、それまで自分が一体化してきた世界、
自分が自分自身であるための土台が
当たり前にずっと存在してくれているという信頼感が
ある時、ぐらりと崩れてしまったために起きる喪失感から
強い虚無感に襲われた時に起きる心の反応です。

ですから上のような場合は、言い方を変えれば、
自分が何かに一体化していて疑うこともなかった間は
非常に充実した時間を持つことができていた・・つもりになっていた。
それだけにそれを喪った時のショックは非常に大きいのですが・・・。

しかし、社会の変動が目まぐるしく、
一人の人に求められる役割も一つや二つではなく
非常にマルチなものになってきている現在、
そもそもの始まりから、ひとつの役割や環境、価値観に、
安心してアイデンティファイしてそれを唯一の心の拠り所にするのは
それ自体、あまりにもリスキーなことが明白になってしまっていて、
もはや私たちの多くは最初から安心して「喪失」することさえ
できないような状況にある。

それでも何とか「安心」を確保するために
アイデンティティを分散する、
すべて「仮」のもので済ませる、
という戦略をとることになる。
とにかく火傷を負わないで済むように。
喪った辛さを味わわなくて済むように。
最初から期待しない、求めない、欲しがらない。
バーチャルな世界でのマルチな楽しみには満たされることも可能。
あれもこれも満たしたい。
そして実際に満たしてみた・・・なのに虚しい。

そうなると、確かにひどい「辛さ」は回避することができますが
それと引き換えに、
自分の「生」そのものを「仮」のものとしてしまうために、
痛みも感じない代わりに生きているらしい喜びの実感も得られない。
挙句の果てには、自分はいったい何が欲しいのか、
何のために生きているのか、分からなくなる。

それも一種の「うつ」的な状態と言えると思われますが
気持ちがひどく落ち込んでいるというのとはちょっと違う。
何か現実との接触感が非常に乏しくなって、
ひどくなると軽い離人感(=自分が自分でない感じ)を伴ったりする。

アルコール依存、仕事依存などの様々な依存症や
暴力の問題を抱えているタイプもいます。
その場合、気分の落ち込みを別の「問題」とをすり替えて
一見すると本人にも周囲にも気付かれにくくしているのですが、
その奥にはやはり強いうつの気分が隠されていることが多いようです。

また、クライエントが何か具体的に
あることで落ち込んでいると訴えてきた場合でも
もし、その人がそのことでいくら考えても
出口が見つからないような状態に陥っていて
長い間そのことで落ち込んでいるというようなら、
おそらくはそれは何か本質的なその人の悩みとは
実はちょっと違う問題にすり替わっている可能性が高い。

そして、これらの状態の辛さの本質はすべて、
少し乱暴に大きく括れば
現実的な辛さ、悲しみ、怒り、強い欲求などのビビッドな感情を
きちんと自分自身のものとして
感じられなくなってしまったために起こる苦しさです。

そのために何か現実的な接触感が乏しくなって
思考だけが空回りし始めると、
同じところをぐるぐる廻って出口がないような感覚に襲われる。
砂を噛むような味気なさ。
心から泣くことも笑うこともできなくなるような感情体験の喪失。
時間が永遠に進まないような、空気が止まってしまったような感覚・・。

実際のその人の人生はけっして「仮」のものではない。
厳しくもリアルで、時に激しい痛みも伴うけれど、
そのかわりに喜びにも満ち溢れたものであるはず。
「うつ」になると時間が止まってしまったような気持ちになるものですが
実際のその人の人生は1秒だって時間は止まってはいない。

そうであるとすれば、
いろいろな「うつ」のバラエティはあるけれど、
いずれにしてもそれは何か問題解決への入口の表示のようなもので
その閉まった扉を開くお手伝いをして、
その人が現実的な感覚を取り戻せるようになるようにして、
恐れずに自分の人生を丸ごと自分のものとして引き受け、
取り戻す力が自分にあることに気づいてもらうようにしていくのが
心理療法の役割のような気がします。

これは医療モデルの、
「何か悪い状態になっているので、それを“治し”てあげる」
というスタンスとはかなり違うような気がします。

2009.3.16.