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「うつ」という状態③

前回、前々回の、このコーナーでは、主に、
世間で時々耳にする「うつ病」とか「うつ状態」という言葉について、
医療的には一般にどのような状態を指すのか、
それらの言葉を使うに際してはどのような判断が行われているのか、
また、使うことにどのような意味(利益)があると考えられるかについて、
私なりの説明をしてみました。

ここまで書いてきたように、医学的な「診断」では
「うつ(病)」というのは、逆に気分がハイになる「躁(病)」と併せて
「気分障害」という大きな括りの中に分類されていて、
その症状の度合いや期間の長短、頻度、
「躁」症状との組み合わせなどで細かい分類がなされます。

そして、気分障害の「うつ」は(「躁」もそうですが)、
脳の中の神経伝達物質のバランスが崩れている状態なので
医学的な治療の第一の選択肢として
まずそのバランスを整えて現在の苦痛を軽減するために
抗うつ剤などのくすりを服用することが
非常に効果的だと言われています。

実際、うつの状態が重い場合は、
心理療法を行うにしても
まずは現在のつらい症状をくすりによって
ある程度落ち着かせてからの方が
より安定した状態で効果的に取り組むことができるので
そういう場合は医療機関にもかかりながら服薬と並行して
面接を行うことも大切だと私も考えています。



ところである人が「うつ状態」であると言った場合、
上記の「気分障害」以外の状態であることも少なくありません。
(なかなか心理療法の話までたどり着けないのですが・・)

いわゆる「抑うつ状態」、憂鬱な気分や絶望感、空虚感、
死にたいという願望や、無気力感、億劫感などを
患者さんやクライエントさんが訴える時、
上記のいわゆる純然たる?「うつ病」であることは
(心理面接を希望されるようなクライエントさんにおいては)
私の経験上では、意外と少ないような気がします。

たとえば、常にヒリヒリした痛みに曝されているような境界性パーソナリティや、
他人との接触を避けて自分一人の世界に閉じこもるシゾイドパーソナリティ。
アルコール依存症や摂食障害などのアディクションを抱えている場合や
(男性の仕事依存、女性の共依存なども含まれますね。)
気持は落ち込んでいる自覚があまりないけれど、
体調の不良が日増しにひどくなって
日常生活を送ることもままならないほどの身体表現性障害など、
それぞれに表現形は違うけれど、
実は「隠れウツ」であったりすることも多そうです。

そして、そのようなケースでは
本人の自覚では「うつ」なわけではないのですが、
意外に抗うつ薬を飲んでみてもらうと、
例えば依存症の症状が軽くなったり消失したりすることもあるらしい。

また逆に、境界性人格などで本人が強い「抑うつ感」を訴えていても、
抗うつ薬はほとんど効かなかったりすることもあるようです・・。

以上のようなわけで、医療的な尺度(客観的な尺度)から見ても、
一般に私たちが抱く「うつ病」ないし「うつ状態」というものの実態は
実はもっとかなり裾野が広く、またバラエティに富んでいるわけです。


「私はうつ病ではないか?」と、ある人がふと気になりだして
「うつ病」についてのWebで検索をかけた時、
様々なサイトに書いてあるうつ病の説明を読んでも
「どうもしっくりしない」「なんだか自分にはピンとこない」
「でも確かに苦しいの(何か変なの)だけれど、これは何?」と思って
あちこち読み漁る・・ということがかなりあるのではないかと思い、
長々しい説明になってしまいました。

つまりは、医学的な診断というのは
とても役に立って必要なことも多いけれど
いろいろな事情から便宜的に使っているという側面もあり
実はそんなにすっきりと答えが出て
問題解決に即結び付くというような単純なものではない・・
(人によって「何をもって問題解決とするか」が違いますし・・)
という、当たり前と言えば当たり前の話を
ここまで書いてきました。

次回は、
心理療法の側面から見た「うつ」について
私なりの見方で書いてみようと考えています。

それを考えるにあたっては、今、上に何気なく書いた、
“人によって「何をもって問題解決とするか」が違”う・・
ということが重要になってくるような気がします。

2009.3.2.