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私が「うつ」だなんてオコガマシイ・・

うつ症状、抑うつ状態、うつ病など
「うつ」をめぐってはいろいろな言葉が使われますが、
今回は「隠れウツ」のひとつの種類について書いてみようと思います。
(今日以下に書く以外にも、
隠れウツにはかなりバリエーションがあると思いますが・・)

自分ではっきり・・とまではいかなくても
まあかなり自覚的に、
「この頃どうも気分が沈むなぁ~」
「気持ちが落ち込んで涙ばかり出る・・」
「食欲が落ちてきて、最近夜もよく眠れない」
「やる気が起きず、仕事の効率が落ちてきている」
「朝起きられずに出社できない」
・・というような状態を自覚することさえできれば、
「自分は“うつ”なんじゃないだろうか?」と思うのは
はっきりそう思うまでには多少は躊躇や逡巡があったとしても
それほど難しくないかもしれません。

特に、たとえば、本人が「最近ちょっと眠りが浅いんだよね」などと
身近な人になんとなくこぼす機会があったり、
「一度、受診したら?」とか「カウンセリングを受けたら?」などと
普段と違う本人の様子に気づいて、
治療を勧めてくれる家族、友人がいればなおさら。
比較的早期に何らかの治療に繋がることもできるでしょう。

少なくとも、「どうも自分は今疲れているのかもしれない」と
少し自分を労わって、休息を普段よりとるなどの対処ができるかもしれません。

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でも、「うつ」になっている人の中には、
自分の気持ちにあまりに鈍感で(聞く耳を持たず)
本当はもう既にかなり追いつめられているはずなのに、
相変わらず毎日朝から晩まで頑張って働いていて
仕事でもプライベートでも、
あれもやりたい、これもやりたい、といつも前向きにがむしゃらに邁進し
(本当は“やりたい”というよりは“やらねば”なんですが)
その上、お酒を飲んではみんなと愉快におしゃべりし、
もし仕事の効率が落ちれば、それは全部自分の「駄目さ」に帰して、
そんなことさえ周囲にはおどけて見せ、自分にはますます厳しくなる・・
そういうタイプの人がかなり多く含まれているように思われます。

私が「うつ」だなんてオコガマシイ・・・と、
人並みに落ち込むことさえ、自分に許してあげられない人たちです。

そんな人の場合、周囲には「あの人は本当に楽しい人ねぇ~」
などと言われていて、本人も周囲の人間も、
まさかその人が「うつ」だなどとは夢にも思っていないことが多い。

というより本人にとって、自分が「うつ」だなんて
「絶対にあってはいけないこと」「とても恐ろしいこと」なのかもしれない。

暗い自分、落ち込んだ自分なんて
深刻すぎて、みんなにはきっと負担になってしまって
絶対に受け入れてもらえるはずがない・・・

意識してはいないかもしれないけれど、
本人の心の中にはそのような強い思い込みがあって
落ち込む自由さえ自分に与えてあげられない。

でも、心の奥、意識さえされないところではとてもしんどくて
ただ、どこかで消え入るように自分を無くしてしまいたいと思っている。

そして、そういう人に限って、
落ち込んでいる「他人」にはとても優しかったりするのですが
同じことを自分には絶対、死んでも許すことができない。
そう、まさに「死んでも」というようなところがあって
どこまでもどこまでも自分を追い詰めていく。許さない。

でも、まともに自殺をしたら、暗くて深刻でみじめで弱々しくて・・
それはそれで自分に対して許せない。
だから、「まともな自殺」さえ、そういう人には難しい。

そこで、下手をしてそのまま行くと、その先にあるのが
「まるで何かのアクシデントででもあるかのような死」
「そんなつもりじゃなかったんだよ。マジ、ちょっと間違っちゃった。」
とでも言うような、一種の“偽装自殺”による死のような気がします。

でも、実際には・・・
そのような生き方、死に様が周囲を傷つけない訳がない。 
家族も、友人、知人も、必ずひどく傷つくことになる。
そして残された者は、釈然としない重いものを抱えたまま
その先を生きなければならないことになる。

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安心して落ち込むことができる場所。
私たちは本当は誰でもそういう場所を必要としている。
なのに、今の世の中、なかなか私たちを静かに落ち込ませておいてくれない。

プロの相談室でもいいし、自助グループでもいい。
自分が安心して落ち込むことができる場所を確保して、
自分にも人並みに落ち込んでいい権利を認めてあげたら・・・
安心して「死にたい気持ち」を語る自由を与えてあげたら・・・

今ほどカッコよくはないけれど、
自分も周囲も、今より自由でしなやかで、もっと強くなれるかもしれません。

2009.2.2.