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わがままなのか…

学校に行こうとするとお腹が痛くなる。
会社に行かないといけないのはわかっているけど朝起きられない。
家事が溜まっていて毎日やらなきゃと思いながら家ではダラダラ。
ゴミ溜め(と自分で思ってしまうような部屋)の中で暮らしている。

明日こそ、今度こそ、と思いながら、同じことの繰り返し。
その度に自分の意志の弱さ、怠け者加減に落ち込む。
周囲はみんな心配して気を使ってくれているのに
その期待に応えられない自分が情けなくなる。
合わせる顔がない。

でも気持が落ち込むと、
なんだか、なおさら出来そうもない気がしてくる。
なんでこんな簡単なことができないんだ。
自分は人間失格なんじゃないかと思えてくる。

そんな状態がもし続いているなら、
そこには必ず何か自分では気づいていない理由があります。
同じ方向で努力してみて、何回も上手くいかないなら、
それは努力の方向が何か間違っていると考えた方がいい。
わがままだとか、根性がないとか、甘えているとか、
そんな言葉で自分を叱りつけることは逆効果です。

頭ごなしに叱りつけるのはもう止めにして、
理由をゆっくり探っていってあげた方が多分役に立つ。
自分に向って意味のない駄目出しをするのは今すぐ止めて、
かといって、そこにある何らかのモンダイから
気をそらしてしまうというのではなく、
ちゃんと自分に向き合ってあげる。

実は、これは自分を自虐的に叱りつけているより、
ある意味、もっと大変な作業です。

まず第一に、
途中で投げ出さない忍耐力、持続力が要るし、
今までの人生でずっと抱え続けてきた
今までの自分なりの考え方を一度見直して、
(場合によって要らないものは捨て去って)
新しい自分を作り上げていくには、時には大きな勇気も要る。
視点を変えることを試みる柔軟性のある頭も要る。

そんな作業はとても大変なので
まずはひとりでは無理ですが、
カウンセリングという場は、そんな時に役立ちます。

ただ、よくある誤解としては、
正解をカウンセラーが知っていて教えてくれるとか、
間違いをカウンセラーが正してくれるとか…
これは期待というのでしょうか
…正しい「型」に自分を作り直す場所だというような期待を
持つ人がいるようなのですが、
でも、もしそういうことがあったら怖いですよね。

それではカウンセリングではなく、
洗脳とか、マインド・コントロールとか(同じ?)
盲信とか教条とかいうものになってしまいます。

カウンセリングの場合、
答えはかならず自分自身の中にあります。
そして、それはいつでもその人独自のもので、
とてもユニークで柔軟で生々しくパワフルなもの…
実は、その人の心の奥深くに眠っている「欲望」なのです。
(これは一般にこの言葉で連想するような
単純に刹那的なものではありません。念のため。)

それは人が自分として生きていくためのパワーの源です。
もし、それを「わがまま」と非難する人がまわりにいるなら
言わせておけばいい。

カウンセラーにできるのはいつでも、
それを探すお手伝いだけ、それだけです。

ちゃんとした自分の「欲望」に気付いた人は、
もう自分を叱りつけて駄目出しするような暇は
自分が持ち合わせていないことに気付きます。

2010.2.15.